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明日も暮らす。

小さな生活改善を愛する、梅つま子の日記です。

カウンター

娘が言うことを聞かないとき・・・。試される私。

こんなこともある 考える

2歳7か月になろうとする娘。

ちょっとここ最近、”扱いが難しいなあ”と思うことが続きました。

 

先日、近所の神社に併設されている公園に行った時。

この公園は、背の低い遊具しかないためか、遊んでいる子どもがおそらく4,5歳以下に限られているようでした。

よちよち遊んでいる子が多く、ボール遊びや鬼ごっこがない公園というのは(もちろんそういう公園も活気があって好きなんですが)、まだまだ不安定な2歳児の母としては、なんというか見ていてとても平和でした。

そんな公園でひとしきり遊んですっかり満たされたはずの我が子、帰宅しようとしたらなんだか意味不明なわがままモードに突入してしまって。

ブランケットをかけたらベビーカーから身をそらし、

(;O;)「いやーっ!くるっとして~~~!!!」

と叫ぶ叫ぶ。

彼女の言う”くるっとして”の意味がわからず、あれやこれや試すも、みんな違うようで、

(;O;)「いやーっ!くるっとして~~~!!!」

 のエンドレスリピート。

もはやベビーカーのシートベルトから半分抜け出た形で体をグデーンとさせながら泣き叫ぶ娘に、町行く人がこっちを見る見る。ほうほうのていで逃げ帰ってきました。

もう、何なのか…。

なんとかベビーカーから降ろし、抱っこすると、

少し落ち着いたのか、しゃくりあげながら、ほっぺをくっつけてくる娘。

なんかもう自分でも自分をコントロールできない、というような感じなのでしょうか。

母はもう打つ手ゼロです( ;∀;)

 

また別の日は、同じクラスのお友達2人とちょっと外で一緒に遊ぶ機会があったとき。

もう帰ろうね、となった時に、おとなしく帰り支度をするほかのお友達に対して、

娘は全く聞き入れようとしてくれなくて。

(`o´) 「がおー!ぺん!(母をたたく)」

が始まりました。母に手をあげる娘・・・

さらには、

(`o´) 「ままが、たたいた!」

と。ありもしないことを言い始めて。

母、完全に参ってしまいました。

 

謎の不機嫌は、娘自身でも自分をコントロールできていないっていうことなのでしょうか…。

たたいたり、うそをついたりというのは本当にやめてほしいし、きちんと対応しなければと思うのですが、

ここ数日のことで、”娘は自分の思い通りになんてならないな”と本当に実感しました。

 

お友達と一緒にいた時のぐずぐずにはほとほと手を焼いて、

夫や実家の母に話を聴いてもらって。でもなんだか気が収まらず、という気分でした。

ようやく数日たった今となって考えれば、単に娘に手を焼いたというよりは、

「お友達(とそのママたち)の前なのに、気まずい」

という思いが私にあったなと。

おもちゃがあって楽しくて、帰りたくないというのが娘にとっての状況なので、私がどう思っているかというのは別問題でした。

 

私自身についていえば、人に迷惑をかけるのがすごく嫌で、人とのコンフリクト場面もすごく苦手です。

おそらく昔からそれはそうで、私の母は「アンタは育てやすかった」といいます。

私が育てやすかったというのは、周りの空気を読んで”こう言ってほしいのかな”というのがなんとなくわかり、それに反することを言うのが苦手だからかもしれません。

争いの場面になるのが嫌だから主張もしなかったのでしょう…。

3歳上の姉は、”こっちにおいで”と言うと向こうに入っちゃうような子だったそうで。

私の娘は、私の姉タイプかなと思います。

そんな自分で生きてきたし、だからこそ作りあげたものも、きっとあるんです(と思いたい)。

ただ、やはり、そういう自分で苦労したところもやっぱりあるのですよね。

今更変えられない性格ですから、まあこれからも自分とは付き合っていくつもりですが。

 

何だかしみじみ思うのは、

自分の中にある「こうすべきだ/してはならないのだ」という規律はどんな人にもあると思いますが、子育てをしているとそれを試される気がします。

 

娘には、帰る時間になったら、駄々をこねずにさらりと帰る気持ちになってほしいというのも、

周りのお友達やお母さんたちに迷惑をかけてはならない、という自分の中の規律があるから。

自分自身がそれによって社会生活を成り立たせてきたわけで、規律を無視することはできません。

また、しつけもしっかりしなければならないし。

(o´∀`o)ノ「そうか、帰りたくないんだね。楽しいもんね!じゃあ、ずっと遊んでようか」

なんて言えるわけがない!

 

このあたりは、うまく娘とコミュニケーションをとって、方法を考えなければと思います。

 

なんというか、私にとっては、ほかのお友達やお母さんの目があると、ハードルはぐっと高くなるんだなと思います。

もちろん、娘が一人で公園で遊んでいて、帰りたくない、というのも、厄介なのですが、それは私が娘につきあって待ったり、下手でもなんでも、時間をかけて言い聞かせればいいことなのですよね。

でも、誰かほかの人の前だと、私の緊張はMAXに(>_<)

試されてる、試されてる私・・・!と思います。

 

でも、逆に。

娘がとーっても聞きわけがよくても、きっとそれはそれで違和感を感じたりするのかも。

この子、こんなに母親の顔色を読む子で大丈夫?とか、

何かストレス抱えているんじゃないか、とか。自己主張できないのかな?とか。

 

自分の子ども時代を考えると、周りの大人たち、大きい子や強い子の声が気になって、言いたいことを言えなかったこともあった気がします。

だから、遊びたい!帰りたくない!という欲求をストレートに出してくれる娘は、それはそれで心強い存在なのかなと思うことにします。

 

よく言われる、”子どもと親とは別人格”、ということば。

最近よく実感します。

 

 

自分の中にある「こうすべきだ/してはならないのだ」という規律について書きましたが、それが邪魔なものかというと、そうではなくて、それがあるからこそ子どもを守れる面もきっとあると思うのです。

子どものために心地よい住環境を作ろう、とか、なるべく手作りのおやつを・・・とか、(出来ていないことも多いけど)がんばろう、と思うのは、「こうすべきだ/してはならないのだ」という規律を意識するからだと思います。

 

公園に連れ出すのも、「こうありたい」という自分がいるからだと思います。

もちろん無理してまで公園に行く必要はないのでしょうが、

子どもがいなければ、30代の女性として、たまの散歩はするけど、自分ひとりだったら遊具のある公園に行く必要はないわけで!やっぱり子どもが喜ぶと思えばこそ、公園に行く気も出るってものです。

 

子どもの成長、ときには子どもの命を守るために、

片方では「こうすべきだ/してはならないのだ」という規律を大事にしつつ、

「まあいいか。しょうがないや。」的な妥協の心も一方で内包する、というのは・・・

なんかの無理ゲーではないの?( ;∀;)

 

という気もいたしますが。

でも子育てをしなければこういうことを考えることはなかったろうな。

と思うと。

娘が生まれてきてくれたことで考えられたことは多いです。

 

はあ。何だか、つわり×花粉症の気分落ち込みモードの時に(そんな時、だからこそ?)、いろいろ物思うことは多いもんです。

 

ま、でもこんなぐずぐずモードも私なのですね…(;_;)

お付き合いいただき、ありがとうございました!

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