明日も暮らす。

子育てや暮らしのこと、試行錯誤しながら明日も暮らしていきたいと思っています。 2013年に娘を、2016年に息子を出産しました。 教育関係の仕事に就いていましたが、現在は退職して専業主婦です。

料理は、ほかの家事とちょっと違うと思う。

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朝起きると、洗濯をするのが日課です。

ある日洗濯機を回しながら、ふと思ったこと。

 

”洗濯と同じ熱量で、料理をできたらなあ。”

 

洗濯は、苦にならないのです。

朝起きて洗濯機を回し、干し、取り込み、しまうまでの流れを、日常の中に組み込めます(文字にすると、当たり前のことを偉そうだ…)

が、掃除や炊事は比較的面倒に感じます。

特に料理。嫌いではないつもりですが、毎日のことになると、結構きついです。

 

そしたら先日、ツイッターで話題になっていた、料理における調理は氷山の一角、という例えの絵。

netgeek.biz

私としては、100%共感!まさに我が意を得たりというところでした。

 

川上未映子さんのエッセイにもありましたっけ。

 

きみは赤ちゃん

きみは赤ちゃん

 

 

料理というのは、そのほかの家事とまーったく異なるものなのだ。まったくぜんぜんちがうものなのだ。毎日誰かのために料理をするということは、冷蔵庫のなかになにがあるのかを把握し、買いだしの予定、週単位での献立の計画、会計管理などが全面的に関係していて、それがずーっと連続するものなのよ。そのつど料理して終わり、ではないのだよ。そして、疲れ果てて料理ができないときにも、惣菜や店屋物を食べたくないことだってあるのだ。お野菜を茹でたのとか、そういうのをさっと食べたいときがあるのだ。なぜそれをわかってくれないのだろう。(p.220)

 

料理というのは、本質的にほかの家事と異質だと私も思います。

私の実家はほとんど外食をしない家だったのですが、毎日淡々と料理を作り続けていた母、偉大だなと思います。

 

料理は「嫌い」ではないので、いつか実家の母のように、サクサクっと手料理を作れる人になることは目標です。

「作る」、というか、料理は、単発の行為のように見えつつ、昨日から今日へ、そして明日へ、と連綿と連続する行為だから、「作り続ける」ということなのでしょうね。

 

今の私は、料理が得意ではないので、道具に頼ったり、キッチンの整理整頓をせめて頑張っている段階、という気がします。

 

↓これとかも、思えばその一環ですね…。

umet.hatenadiary.jp

お弁当づくりというのも、泳げない子のバタ足練習みたいな風情です。

 

今、得意ではないからこそ、頑張りがいもあるってものかな~。

 

いつかブログに、「昔は料理苦手だったんですけど、今は別に苦になりません!」とか、

書けるようになる日が、来るかしら。

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