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明日も暮らす。

小さな生活改善を愛する、梅つま子の日記です。

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姉・弟のきょうだい構成について考える。

こんなこともある

先日、ちょっともやもやすることがありました。

 

知り合いの女性に、私のおなかの赤ちゃんがどうやら男の子らしい、ということをお話ししていたのですが、

「もう一人(妊娠を)頑張ったほうがいいよ。女一人男一人だと、一人っ子が2人みたいなもんで、相談相手がいないよ」

とのこと。

 

その方自身も、”姉・弟”のきょうだい構成の「姉」に当たる方なので、

成長の過程で、弟との性差を感じることが多かったようです。

 

自分自身が姉妹で育ったのもあり、”姉・弟”がどんな関係性になるのかは、

未知の部分が大きいです。

その方のおっしゃることは、一つの真実なのかもしれません。

 

でも何だかもやもや。

もやもやしている心の内訳は何だろうな~、と、

この数日間考えていました。

 

仲のいい姉弟だって世間にはたくさんいるし。

そもそも、その方の言う通りに、

もう一人妊娠できて3人の子どもに恵まれたとして、

きょうだいは女2人・男1人、または男2人・女1人。

”1人”のほうは、相談相手がいないままじゃない?

というか、3人目の妊娠は厳しいのではない…?

ところで、男の子って、兄弟お互いを相談相手とするものなのかしら…?

下の子にとって上の子は相談相手になるかもしれないけど、

上の子は下の子には相談しないのでは…?

一概に言えないのでは…?

 

…???

 

ひとり悶々もやもや大会でした。

 

私は、実は、もやもやを悶々と考えること自体は結構好きで、

”考える種をもらった”と思っています。

 

記憶に新しい、”もやもやネタ”としては、「退職したことを”もったいない”と言われること」でした。

↓この記事に書きました。

umet.hatenadiary.jp

 

今回、「姉・弟だと相談相手が…」発言をされた方が、子どもを持っていらっしゃらない方だったので、

そこがもやもやの正体なのかと思いました。

正直なところ、それも少しはあるかもしれません。

でも。

子どもを持っていない方からであろうと、何人子どもを育てた方からであろうと、

私はこの発言を聞いたら、もやもやになってた気がします。

つまり、発言者の属性というのは、本質には関係ないのかなと思い始めました。

 

そんなときに、ブログ「りんごの時間」を書かれているりんごさんのブログを拝見しました。

www.ringo-time.com

りんごさんご自身も、”姉・弟”の2児のお母さんでいらっしゃるのですが、

きょうだいへの愛情の深さは、ブログからあふれんばかりに伝わってきます。

なのに、弟として生まれた第2子の”おーくん”が可哀想だとか不憫だとかいうようなようなコメントがブログに寄せられたことがあったそうで…。

 

りんごさんは上述の記事を、このコメントの良し悪しを問うために書いた記事ではなく、今のご自身の気持ちを書かれた記事とされています。

他方、私としてはどうしても、「可哀想、不憫」ということばのほうに目が行ってしまいました。

そんな判断をどうして下すことができるのでしょう。

産後、子育て中の限られた時間や体力のなかで、りんごさんがどれだけの愛情とセンスで工夫を凝らした楽しい育児をされているか、私自身何度励まされてきたことか。

 

もちろん、人が何を見てどのように思うかは自由であるから、「可哀想、不憫」だと思う人も中にはいるのかもしれません。でも、それをどうして本人に伝えるのか?という点に、私の疑問の焦点が当たってしまいました。

 

そしてまた考えてみました。

私自身が言われた、

「もう一人(妊娠を)頑張ったほうがいいよ。女一人男一人だと一人っ子が2人みたいなもんで、相談相手がいないよ」

も、

「退職=もったいない」

も、

りんごさんの「可哀想」も、

根っこは同じなのかもしれません。

 

この3つの共通点で私が感じたのは、

「人の人生を尊重していると思えない発言」であるということです。

 

人の人生においては、重要な決断や、あるいは偶然によってもたらされたかけがえのないものがあります。

それは、働いていても働いていなくても、独身でも既婚者でも、子どもがいてもいなくても、そうだと思います。

 

人生には、苦渋の決断もあるし、偶然もたらされたラッキーもあればアンラッキーもある。

正社員=安泰とか、専業主婦=幸せとか、

外部からの安直な判断はできにくいものです。

それぞれの立場、みんな大変で、みんな頑張ってるはず。

お互いの頑張りを見舞うような気持ちでいたいなと思います。

 

かくいう私自身が、

「人の人生を尊重していると思えない発言」を、

無意識にしてしまっているところはあるのかもしれません。

自分自身が視野が狭くて不足の多い人間だなあと思うことは多々あり、日々反省です。

 

facebookのいいねボタンを押すくらいの気軽さで、

もうちょっと、誰もが互いの人生を寿げるといいのになあ。と、

自戒を込めて思います。

 

そしてやっぱり、

子どもは第2子で産まれようが、上のこと下の子で性別が違おうが、”可哀想”ではないです。

 

井上涼さんがご友人のために作られた、

『中野原田結婚協奏曲』に出てくる歌詞、

「『中野家に生まれてよかった』といずれ生まれる娘?息子?まあどちらでもがとにかくそう言ってくれるように」

という部分が好きですが、

うちの子どもたちがそういってくれるといいなあと思いながら、育てていくばかりです。


中野原田結婚協奏曲 なかのはらだけっこんきょうそうきょく

 

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