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明日も暮らす。

小さな生活改善を愛する、梅つま子の日記です。

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保育園を退園して始まった育児中心の生活。今、気づいたこと。私の気持ち。

<3日間くらい推敲しているのですが、どうにも思うように書けないなーと思うところもありつつ、でもだんだん自分の気持ちは変化していくので、記録としてとりあえず投稿しちゃうことにします。えいやー>

 

娘の保育園を退園を、

こころから残念に思っていました。

 

保育園を辞めた、というと、自分の判断でそうしたみたいですが、

実際のところは、

保育園に子どもを預ける理由がなくなってしまった(要件を満たさなくなった)から退園することになった、というもので、

もし、就労の状況になくなった今でも預かってもらえるという選択肢があったら、

娘を通わせ続けていたかもしれないです。

 

ずっと娘を世話してくれた先生に見守られて、

0歳から一緒に育ってきたかわいいお友達と一緒に卒園できたら素敵だったなあ・・・。

 

未練をたっぷり残しての退園になり、荒療治のように、子どもとの生活が始まりました。

これが現実。受け入れるしかない。

保育園を退園したけど、家で子育てやっていける!と、

自分に言い聞かせるように、気づいたこと、今の私の気持ちを書いてみることにします。

 (長文です)

 

<あまりに長いんで、目次にしてみました。目次のわりには、あんまりまとまってなくてすみません(;^ω^)>

 

箸休め的な写真を挟んでみました(笑)

f:id:umet:20170406204000j:plain

気付いたこと①
イライラはする。でもムカムカはしない。

 

子どもたちと一緒に過ごすようになってみて。

今、イライラしていないか?といわれると、

イライラ、します!

ぜんぜんします(^O^)/

 

子どもは自分の思い通りにはならないので、

「イライラ」は、残念ながらなくなりません。

でも、「ムカムカ」はしなくなりました。

 

仕事をしているときの私は、娘の一挙一動に、かわいいと思う以上に、

自分の時間を必要以上に奪われないかとヒヤヒヤし、

娘が何かしでかした時は、それはもう心が乱れていました。

お茶をこぼしたとか、野菜を食べないとか、言うことを聞かないとか・・・。

そんなの娘にとっては、通常運転なんですが、

そのたびに、嫌な気持ちになっていました。

自分の思い通りにいかないことへの焦燥で「イライラ」することを通り越して、

嘆いたり責めたり、恨んだりさえしたいような「ムカムカ」に支配されていました。

 

 

何しろ私は、「低レベル主婦である自分」よりも、

「フルタイムで働いている自分」のほうが存在価値が高いと思っていたので、

仕事に費やす時間が少なくなることは、自分のアイデンティティを脅かす大問題でした。

 

私は、スペックの高い、良い母じゃない。

なら、むしろ保育園に見ててもらったほうが娘にとっても良いのでは。

プロに任せよう。

私じゃない誰かが育てたほうが、娘はいい子に育つんじゃないか。

半ば本気でそう思ってました。

私のような半人前の母親は、保育園の力を借りてようやく何とか育児できてる、そう思っていました。

 

今思うと、そういうふうに自分に言い聞かせることによって、

娘をいとおしいと思う気持ちをセーブしていたのかも。

娘がかわいい、ずっと一緒にいたい、という気持ちが湧き出ないようにしてた。

そういう気持ちを職場で出してしまって、仕事に対して意欲のない人、と思われたくなかった。

だからちょっと娘に厳しく接したり、突き放そうとしたこともあったり。

 

一緒にいられるのが短い時間だからこそ甘えようとする娘と、

仕事が自分のアイデンティティだから、娘にのめりこまないようにと無意識のうちにしていた私。

娘のイヤイヤ期を迎えた頃には、娘と私の関係の難しさが顕在化していたと思います。

 

 

気付いたこと②
保育園を退園したら、娘の全容が見えて、もっとかわいく思えるようになってきた

 

仕事って、時間がいくらあっても足りない。

そして、娘に向き合うのも、時間がいくらあっても足りない。

仕事には急な会議や突発的に対応しなきゃいけない事態はいつでも起こるし、

娘も、風邪ひいたり怪我したりが日常茶飯事。

 

仕事を辞めたときは、

「仕事」と「娘」という、「私の時間をむさぼり喰らうモンスター」を、2匹も飼いならすのは不可能だ。

ならせめて1匹にしよう。

そんな気持ちでした。

 

ところが、仕事を辞めたら、

私の時間をむさぼり喰らうモンスターだったはずの娘が、

「行動が読めなくて面白くて、ちょっと世話が大変だけどかわいい怪獣ちゃん」、みたいな感じになりました。

 

保育園に預けている間は、

娘が日中どうしているのか、先生たちから話は聞けても、

自分の目で見ているわけじゃないから様子がわからなくて、全容が見えなかったんです。

それが、日中一緒に過ごすようになって、娘の生活の全容がつかめるようになりました。

同時に、娘にも、母の全容が見えるようになったんだと思います。

そして、母のキャパシティ(の狭さ)を理解したのか、

(あるいは単純に、イヤイヤ期を脱してきたためかもしれないけど、)

無理を言って私を困らせることが減ってきた気がします。

 

生後7か月で保育園に行くようになった娘にとって、

保育園で平日の9時~5時過ごすことがむしろ日常で、

母と24時間、ずーっと一緒にいることは、土日だけの”非日常”だったのだろうと思います。

いろいろわがままを言っていたのは、

ちょうど、手加減を知らない子犬が、人の手をガブッとかんじゃうみたいな感じに似てたのかもしれません。

私と一緒にいられるのがうれしくてなのか、あるいは日頃、自宅で過ごせないストレスがあったのか、

土日の娘は、私に無理難題を吹っ掛けて、試しているように見えたこともありました。

 

保育園にはたくさんお世話になって、感謝しているんですが、

娘が日中を保育園で過ごしていることは、私を助けてくれた反面、

私の育児を難しくしていた要因の一つだったのかもしれません。

(なお、これは保育園のせいでもないし、

保育園を利用している他のご家庭にあてはめることではなく、私個人の捉え方です)

 

 

気付いたこと③
ワーキングマザーになり損ねた私のアイデンティティクライシス

 

私にとって仕事を辞めることは、

獲得したいと思っていた自己像(=ワーキングマザー)の喪失であり、

理想の自分を追求する道からの落伍だったので、

大げさだけど、仕事を辞めて、アイデンティティクライシスを迎えたんだと思います。

 

ワーキングマザーこそ、私の生きる道だと思っていたのに!(ノД`)・゜・。

 

私には、ワーキングマザーはすごく輝いて見えるんです。

(その大変さを想像することを忘れて、)いいな、素敵、うらやましー!と思ってしまう。

akisan01.hatenablog.jp

あきさんのこの記事を読んで、思いました。

私、「仕事も断捨離しました!」って、カラリと言えればいいのになあ。

 

今のところ、それが言えないのは、

私が手放したものは、

私がまだ心の中で「それを捨てるなんてとんでもない!」と、

思っているものだからなんだろう。

 

 

私が仕事を辞める前に、こんなことがありました。

仕事仲間のひとりが、

「不安な顔をして、でも安定感のある仕事をするアナタをもうちょっと見ていたい」って言ってくれたんです。

そう言ってくれたことがうれしくて、うれしくて。

プロとしての私の伸びしろは、多分まだあったんじゃないかなと思えてしまい、

未練たらしくいろいろ考えてしまう。

 

でも、私が手放したものは、本当に「それを捨てるなんてとんでもない!」たぐいのものだったのかな?

 

娘が、”得体の知れないモンスター”から、

”怪獣ちゃん”くらいには、正体が見えてきたこと。

娘をもっとかわいく思えるようになったこと。

たぶんこっちのほうが、ずっと価値が高いことだよな。

自分の子どもを、誰にも気がねなく、心底可愛いと思えるようになったこと。

賃労働者としての私はどうがんばったって、これ以上の価値を創出できない気がする。

 

 

この1年いろいろ考えたり感じたりしてみて、

仕事仲間や私自身は、労働者としての私を過大評価していたんだろう、

と今なら思えます。

 

私が、「それを捨てるなんてとんでもない!」と思っていたものっていうのは、

もしかしたらまったくの逆で、

「早くそれを手放さないと、とんでもないことになる!」ものだったんじゃないのかな。

 

仕事を続けて、輝かしいワーキングマザーになっている幻の自分ばかり夢見ているんだけど、

もしかしたら仕事を続けていたら、

事件とか事故とかに巻き込まれたり、そうでなくても健康を損なったり、心の病とかになってた可能性は十分高いと思う。

 

 …前にもこんなこと書いたなあ・・・(。-_-。)

umet.hatenadiary.jp

 

 

結論

娘が保育園を退園して、

今、娘が(息子ももちろん)かわいいです。

イライラはするし、そう簡単には、理想の母親になれないのだけど、

総じて育児が楽しいと思える場面が多いです。

ワーキングマザーの自分から離脱(というか脱落というか)したことで、

アイデンティティにはダメージくらったけど、

落ち着いてよく考えたら、失ったものより得たもののほうが多いんだ。(安眠も得たし!)

 

今、私は幸せなんだから、そのことを認めればいいんだと思う。

いつまでも、「憧れのワーキングマザーになれなかった自分」のままでいないで、

子どものことを心から可愛いと思えている、「更新された自分」が価値判断を下さなければね。

 

 

今後の課題

 

アイデンティティをどうにかしたい。

じゃないと、今の私のアイデンティティが「ワーキングマザーになりそこなった自分」のままなんだもんなあ。

「2児を育てる専業主婦」でいいじゃないか、何の問題もないじゃないか、とはわかってるのになあ。

頭と心は、同じようでちょっと違うみたいです。

 

もう少し、自分のロールモデルができてくると楽になるような気はします。

正直なところ、まだ今は、

私がこれから、どんなストーリーをたどったらいいか、まだよくわからないんです。

子どもたちがもう少し成長したら、仕事に復帰する??

フルタイムは難しいけど、何とかパート的な仕事を見つけて、私なりのワーキングマザーになれたら、溜飲が下がるかしら。

 

あるいは、ものすごく家事育児(料理とか収納とか)に頑張って、

本を出版しちゃうような人になる??

いやいや、そっちの道は確実に難しそうだし才能ないから。(-_-;)、

開き直ってズボラ主婦道極めてみる?

それなら何とかなりそうかも?(;^ω^)

 

うーむ。何かビジョンを見つけられたらいいんですけど。

 

 

今後の課題とします!

 

 

今日書いたことは、私の気持ちの話だったので、

子どもたちと、日中どのように過ごしているかなども、そのうち書きたいなと思います(^^♪
 

口から国旗が出てくる手品のように、長々とした文章にお付き合いいただきありがとうございました!

 

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