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明日も暮らす。

小さな生活改善を愛する、梅つま子の日記です。

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店内授乳に戸惑う、の話に戸惑う。そしてやさぐれる。

考える

ショッピングモールの飲食店で授乳ケープを使って授乳する母親に戸惑っている、という23歳の大学院生の投書が話題になっているみたいです。

 

記事を読みましたが、

昔の私だったら、共感できたかもしれない言い分だなと思いました。

 

それこそ23歳の頃、私はいろんな面で尊大でした。

恥を忍んで書きますが、自分のことを頭がいいと思っていたし、

世界中、どこでも行けると思っていた。

 

実のところ、たまたま家が東京近郊だったのと、

親が切り詰めて生活していてくれて教育費に充ててくれたから、東京の私大に行けただけ。

健康で何を食べても元気だったから、旅行もいろいろできたけど、

助けてくれる誰かがいる場所には出かけられても、世界中どこでも行けるというのはただの勘違いでした。

話がそれました。

別に投書した23歳大学院生が尊大だということを言いたいわけじゃない。

「この人、実名で投書しちゃって、10年後くらいに、赤面アアア!ってならないのかな…」とはちょっと思いました。2017.1.31追記。書き足したいことができたので書いておきます。1、過去の自分の行為に赤面アアア!となるのは別に悪いことではない。2、実名で自分の思っていることが言えることはいいことだ。3、考えが変わっていくことも、よくあることだ。昔、恩師が、「以前の考えと今の考えが変わったっていい。そのときは、『以前は考えが至りませんでした』って言えばいいんだ」っておっしゃってたのを思い出した。4、考え方は変わっても変わらなくてもいいはずだ。)

 

でも、授乳ケープって、授乳室でないところで授乳するためのものじゃないのかな。少なくとも私はそう思っていました。

なので、「目のやり場に困る」という表現を使って、

授乳ケープの下のことが性的に想像されてることに驚いた。

母親にとって、乳は子どものごはんだし、精神安定剤でもある。

 

それにしても、出産する前は、母乳のことを全然わかっていなかったな。

勢いに乗った乳は水鉄砲みたいにびゅーびゅー出ること。

お風呂でマッサージしているうちにお風呂が白くなり、セルフミルク風呂に入れること。

詰まった時に吸われると、針を刺してるかのように痛いけど、吸ってもらうしか詰まりを取る解決策はないこと…。

生後3か月で、子どもの体重は、出生時の約3キロから2倍の、約6キロになる。

その増えた子どもの3キロが、自分の母乳からのものだということ(母乳育児していたら)。

自分だって、自分の身体からそれだけの母乳が作られてるって信じがたいのだから、

他者は、より、母乳がどういうものなのかわかりがたいものだろう。

 

でもさ、

その母親は赤ん坊を育てていくし、赤ん坊は育っていく。結構速いスピードで。

 

私は息子が生後0日で救急車で運ばれたときに、

自分よりも年下の人たちに、自分や自分の大事な人の命を救ってもらう可能性がある、ということが、リアルにわかった。(リアルにわかった、のが、割と超最近のことで恥ずかしい。)

だから目の前の誰かの子どもも、この間生まれたばかりのどこか知らない赤ん坊も、

自分や自分の大事な人の命を救ってくれるかもしれない人だと思って接することにしたいと思った。

同様に、町で出会うおじいさんおばあさんも、どこかで私の大事な誰かがお世話になった人かもしれないし、その人のなにかの仕事で今の私の生活が楽になってるかもしれない人だと思うことにした。

 

命を救うまで行かなくても、社会はみんなで支えてるんだから、やっぱり助けてもらってることには変わりない。

レジ打ってくれる人だって、その人がいなかったら困るもの。

 

そういうことを考え始めた源流には、この本の存在があると思う。

君たちはどう生きるか (岩波文庫)

君たちはどう生きるか (岩波文庫)

 

コぺル君の、粉ミルクの話。

人が人のつながりの中で生かされているということに、中学生のコぺル君が叔父さんとのやりとりの中で気づいていくんです。

 

あーあ。(ごめんなさいちょっとやさぐれます。何度推敲してもやさぐれが止まらない。)

ただでさえ、ちびっこ連れには風当たり強いのにさあ、

今度は授乳の話だってさ。

こんなんじゃ子ども産みたくなくなるよ。

だってふつーにリスク回避してたら、子ども産まないほうがいいじゃん。

子どもいないほうが、よっぽど計画的に生きられるじゃん。

子ども産む前に身に付けたスキルとかでさあ、キャリアとか大事にして生きられるじゃん。

私は「今なら子ども産める、チャンス!」って思ったことは一度もない。

過去4回の妊娠、いつも、周り(仕事)に迷惑かけるとおもってびくびくして、ごめんなさいすいませんごめんなさい言いまくって頭下げながら仕事してた。

 

子どもがかわいいということも、出産の感動も、

全然知らなかった。

 

子ども産んでも生まなくても、尊大だった私も、人はやがて年老いて体も衰えて弱者になっていく。

子どもには子どもの人生があって介護要員じゃないから、私の老後に子どもたちとどんな風にどんな関係になってるかはわからないけど、

どんなに年老いても、私は生まれて数日のキラキラした娘の目を忘れないだろうね。

 

「店内でいきなり授乳に戸惑う」自由はあるだろう。

それを「声」として新聞に投書する自由もあるだろう。

なら私が心の中とブログで少し(じゃない?)悪態をつくことも許してほしい。

 

でもさ、子どもは、あなたをあらゆる形で救ってくれるかもしれない存在なんだよ。

 

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