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明日も暮らす。

小さな生活改善を愛する、梅つま子の日記です。

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育児中の気持ちがスッとする読書~『母乳がいいって絶対ですか?』~

読書記録
母乳がいいって絶対ですか?

母乳がいいって絶対ですか?

 

紹介してもらって読みました。

印象的だったところをいくつか引用します。

 

小児科の待合室に、仮面ライダーが腕につけて本部と連絡をとるためのバンドみたいなおもちゃを握り締めて号泣している子がいて、カワイイな~と思ってみてるのに、「すみません(不快ですよね)」って謝られたことがあった。悲しかった。どうしてこんなに肩身狭く子育てしなきゃいけないんだろう。先手謝罪パフォーマンスしている人を見るたび息苦しくてたまらない。(p.34-35)

 

先手謝罪パフォーマンス!

私もついしちゃう。

謝っちゃったほうが楽、先に謝っておいて問題を避けておく、というのは、生きる知恵と思考停止のあいだっていうところだろうか。

なかば身に沁みついてしまっている行為だけど、でもあんまり好きじゃないのでやめたい。

自分が、(もともと小さい人間なのに)必要以上に小さくなってしまう感じがするし、何か、何だかわからないけど、それによってなんかの機会を失っちゃっている行為のような気がするから。

 

保育園が見つからなくて、仕事することをあきらめる人もたくさんいる。意地悪な人は「それくらいの職業なんでしょ」とか「その程度の就労意欲なんでしょ」とか言う。個人で言ってる人を見れば「育児や働くということについて、事情を知らなすぎる人なんだな」と思うだけだが、保活をしていると、区役所や東京都や国から「あんたなんてどうせ働かなくていいでしょ」と言われているような感覚になる。保育園に入るための今のシステムが、とても意地悪なつくりで「本当にあなたは働かなきゃいけないんですか?」「本当ですか?」とずっと聞かれているような感じを受け続けるようになっている。それが悲しくてつらかった。

「女は子どもを生んだら自動的に育児にしか興味が湧かなくなる」という迷信まがいの母性神話や、「女は黙って家で育児と家事をしていればいいんだ」という一部の人間の野蛮な考えをさも本来の人間のあり方であるかのように語るロジック。これらが日本の風土にねじ込まれたまま熟成されているために、こういう事態になっている。

「税金や年金を払うことになる子供を育てながら、自分も働いて税金を納めます」と言っているのに、それが優先されないのは、社会として異常なことだ。(p.38-39)

 

この文章に「社会として異常なことだ。」まで言ってもらってすっきりした。

 

ちょうど2月は、4月に入園する保育園が決まるかどうかの結果が出る季節で、「日本死ね」が話題になって1年経つけど、これ以上、家で育児しながら保活しているお母さん/お父さんたちを苦しめないでほしい。

この問題に関しては、アメリカのおばちゃん(イメージ)みたいに、手をパンパーン!!とたたきながら「イナーフ!イナーフ!!」と叫んでやりたい自分がいます。

 

男と女が会話で噛み合わないときは、「優位中毒」を男たちが優先させ、それが本来の会話をさえぎっている場合が多いんじゃないだろうか。

私は、自分と同じ感覚、そして自分よりも高い知識を持っている女の人と話すと、心が安らぐ。私にとって、夫は彼女たちと同じ癒される存在なのに、夫はそこに「永子より上に立ちたい」という気持ちを持っている。それで会話がうまく進まない。

この、男たちの変な中毒がなくなれば、世の中いろいろなことが、とても合理的に安全に進むように思う。

それには、男たちがオカマ化するしかないと思う。「怖いよね」と言ったら「ホント怖いわよね~!」とか言って欲しい。(p.140-142)

 

我が家にも不毛な夫婦喧嘩がないわけじゃないけど、「怖いよね」「ホント怖いわよね~!」で会話ができたら、すごく満たされそう。

(そういうときのワタシは共感を求めているから。)

別に、年がら年中共感だけ求めているわけじゃなくて、成長もしたいし改善もしたいと思っている。

自分の不手際や欠点を指摘されたら治したいと思ってる。

その時に、「アンタねえ、いつまでもズボラに暮らしてるんじゃないわよ。ちょっとはハラに力を入れて頑張りなさいよ」という言い方なら、耳に入ると思うんだよね…。

駄目かしら。

 

筆者の田房永子さん(1978年生まれ)とは年も近くて、

共通する感覚が、ほかにもたくさんありました。

これからも読みたいと思えるエッセイでした。

読書にパワーをもらって、今日もがんばるぞー。

 

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