明日も暮らす。

小さな生活改善を愛する、梅つま子の日記です。

【読書記録】『毎日のことだから。7分目くらいがちょうどいい』

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読んだ本の記録です。

 

毎日のことだから。7分目くらいがちょうどいい

毎日のことだから。7分目くらいがちょうどいい

 

 

お名前をいろんなところで見かける、後藤由紀子さんの著書。

心に響く言葉がたくさんありました。

 

結婚し、子供を産んでからは、不思議と自分の目線より上にあるものは、気にならなくなりました。今の暮らしで必要なものを使えばそれでいい…。(中略)

世の中にはもっと上質なものがあるかもしれないけど、我が家では高価より清潔であることが大事。(中略)

旅行よりも、日常の食卓にお金をかけたいと思っています。こんな風に、お金のかけどころや節約の仕方、日々の加減のようなものが決まり、”我が家の身の丈”が完成しました。(p.17)

 

ここ数年、気がつけばインテリアが好きになってきていて(センスはさておき)、

特に北欧っぽいかわいい小物に私は目がないんです。(*´ω`)

ちょっと行きすぎないように気を付けなきゃな、と思っていたところだったので、

「高価より清潔」「身の丈」、自分の手綱をちゃんとキープしていくために、いい言葉だなと思いました。

スペースもお金も限られていても、心地よい空間はきっと作れるはず。

楽しい買い物をしているときも、苦手な家事をしているときも、

「今は”我が家の身の丈”を探っている最中なんだ」、と思って、考えながらすれば、生活がもっと楽しくなるかも。

 

「わかったふりをしない」というのも、私にはとても大切なことです。そして、わからないことは、その場で会話を中断してでも質問します。「その言葉の意味は?」「読者に伝わりますか?」。そうやって教えてもらいながら、いつも「わあ、プロはこんな考え方をするんだ!」と感心することばかりです。

でもときどき、「ここは私が!」と思ったときには、エプロンを持って友人の引越しの片づけに押しかけるなど、張り切ってお節介を焼くこともあります。家族のためには、日々のごはんづくりをがんばります。できるところだけがんばればいい。できないことは「そこそこ」で。それが私の都合のいいルール。機嫌よく生きていくためには、なかなか有効です。(p.21)

 

著者は「自分でも不思議なほどプライドがない」と語るんですが、こういう考え方は気持ちがいいなあと思います。

「わかったふりをしない」ことの大切さは、理解していてもなかなか難しかったりするので。

考えてみると、「わかったふりをしてしまう」というのは、自分にとってどうでもいい、と思っていることに関わっている証拠かもしれない・・・。

なぜなら、自分にとって意味があり、重要なことだと思っていれば、どうしたって心が動かされるし、他人事じゃいられなくなるはずだと思う。

そういう、自分をかけて関わるべき真剣な案件に関しては、わかったふりをすることは、できないはずだよなあ(・_・;)

自分をふり返りました。

わかったふりをしてしまいたいとき。

そして、逆に、わかったふりがどうしてもできなくて、何度も食い下がるとき。

それぞれのとき、自分はいったい、何に時間を使い、何に向き合っているのか。

これから、そのへんをもう少しじっくり考えてみよう。自分のことがもっとわかるようになるかも。

 

何から何まで手づくりしようとすると、それだけでヘトヘトになってしまいます。作らないことが罪悪感になったり、自分を消耗してしまわないように…。市販品を買っても、自分で作っても、大事なのは、「おいしいねえ」と笑顔でご飯を食べる時間だと思うのです。(p.25)

 

私は知らず知らずのうちに「専業主婦なんだから」という呪縛で自分を苦しめてしまいがちなのですが、そういう無意識に縛られていると、やっぱり知らず知らずのうちに「罪悪感」で「消耗」してしまう、ということにもなりやすいです。

大事なのは、「おいしいねえ」と笑顔でご飯を食べる時間。ほんとそうだ。

 

すべてが自分の願いドンピシャであることなんて、そうそうあるわけではありません。多少本意でなくても、自分を殺さず、自分に嘘がないように精一杯やってみる。「乗りかかった船」に「えいっ」と思い切って飛び乗るのは、偶然のようで、実は必然だったりもします。「絶対に無理」と頑なだった気持ちをほぐしてみることで、「やる」から「やらせていただく」という姿勢に変わりました。「ま、いいか」という気持ちで受け止めると、それが巡り巡って、本当にやりたいことへとつながっていくこともあります。とりあえず流れに乗ってみる。それは、自分を狭めないためにも、いい方法だなと思います。(p.93)

 

仕事でもそうでなくても、不思議なご縁というものはあります。

「自分を殺さず、自分に嘘がないように精一杯」というのはなかなか難しくて。

「精一杯」やろうとすると、キャパを超えて無理したり。

かといって、「自分を殺さず、自分に嘘がないように」を大事にすると、求められている働きがほとんどできていないようにも感じたり、自分がわがままに思えたり…。(-"-)

この辺りのさじ加減はまだ自分できちんと整理できてないので、このことは、今後も模索になりそうだけど、「いざというときには流れに乗れるように身軽でありたい」と思えました。

 

私の周りには、素敵な先輩方がたくさんいらして、そんな方々からいろんな刺激をいただいて日々過ごしています。(中略)

最近、キャラクターは違っても、そんな先輩たちには、どこか共通点があることに気づきました。それは、「器が大きい」ことと、大人なのに「かわいげがある」という2点。これまでの数々の経験がベースとなっているからこそ、主観を押し付けるのではなく、相手の身になって、愛のある叱咤激励をしてくださるのだなあと、いつも感謝しています。(中略)

さらに、どの方もおちゃめでかわいらしい!好きなことを目をキラキラさせて語ったり、笑ったり、大騒ぎしたり。もちろん、完璧な人間なんていなくてダメなところもあったりと、それぞれが魅力的なのです。大の大人が夢中で好きなことについて語り合っている…。そんな姿を見るのが私は大好きです。(中略)私は後輩キャラなので、大人たちの中にいると、とても居心地がよいのです。そして、そんな大先輩のようになれるかはどうかは別にして、歳を重ねることは、いいことなんだなと楽しみになります。(p.120-121)

 

私の周りの尊敬できる先輩も、そういえば、器が大きくてかわいげがあるなーと思い出しました。

それから、”後輩キャラ”という表現に膝を打ちました。私も後輩キャラで、周りが大人だと落ち着くタイプ。末っ子だし。友達の「長女率」が、異常に高いんです(笑)

「器の大きさ」も「かわいげ」も、簡単には身に付けられないにしても、「器の大きい人はステキ」、「かわいげのある人はステキ」ということくらいは、心に留めておきたいと思います。

心に留めておいたら、長い年月をかけたら、多少は身につくかもしれないし!(´∀`)

 

何かことが起こったとき、私は、「もしかして自分が悪かったかな?」といつも自分に問いただすクセがあるので、言いたいことも言えずに不満や意見を飲み込んでしまうタイプです。その場ではっきりと言いたいことを吐き出せれば、引きずらずにその場で終わりにできるのです。でも、自信のなさから言葉を飲み込むことで、後になってそのしわ寄せがきて、「やっぱりあのときはああだったよな」と愚痴を言いたくなったり、後悔したり、そんな私の欠点を知っている友人たちに、もやもやしているのを聞いてもらうこともしょっちゅうです。お世話になってます。

あまりに悩みが深刻だと、人に話すこともできなくなります。自分の中である程度整理がついてからしか話すことができないから結局は、落としどころを見つけるのは自分自身。人間関係は特に複雑で、すぐに解決できることもあれば、長々悩むこともあります。関係をよくしようと無理をしても、結局馬が合わない人とは合わないもの。そんなときには「諦める」という方法もあることを最近学びました。無理やり関係をよく使用として、自分の思いにフタをしても、結局は本当の解決にはなりません。だったらときには、「仕方ない」と手放すことも大事なんだと思います。

それでも落ち込んだときに、話を聞いてくれる友達がいるだけで救われます。私には足を向けて寝られない人が何人もいるのです。(p.154-155)

 

長く引用しましたが、この方、ワタシと似ているかも!と僭越ながら思ってしまった文章。

私も「もしかして自分が悪かったかな?」といつも自分に問いただすし、

自分の中である程度整理がついてからしか話すことができません。

”結局馬が合わない人とは合わないもの。そんなときには「諦める」”というのは、

以前は「逃げてるみたい」だからいやだ、と思っていたけれど、

むしろ前向きで積極的な解決方法なのかなとも考えられるようになりました。

 

 

 

ほかにも、「好きなこと、もの、人は10割以上で付き合う」とか、

グッとくる言葉があちこちにちりばめられていて、

暮らしのことと自分のことをつなげて考えるための、いい読書でした!

 

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